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日常生活の些細なログ。

「LGBTという言葉知ってますか?」久本絢愛さん講演「本当の私。」

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今日、12月2日に、北文化会館でやってたLGBTを題材とした講演会に行って来ました。

 

「彼らが本気で編むときは」の生田斗真が演じる女性役と、桐谷健太との日常生活の映画も上映があったのですが、昨日の面接から疲れてしまって、早々と講演だけ聞いて帰って来ました。

 

ちなみに、この映画、面白そうです。

 

講演の内容は、久本絢愛さんと言う、トランスジェンダーの方の講演。

 

さて、LGBTとは?

と言うところからなのですが、

 

L=レズビアン

G=ゲイ

B=バイセクシュアル

T=トランスジェンダー“身体の性と心の性が一致しないが、外科的手術は望まない人”)

出典:LGBT - Wikipedia

 

です。今回の、久本絢愛さんは、LGBTで言う、T、トランスジェンダーの方です。

 

わかりやすく言うと、男性が女性になっている、と言うことですね。

 

彼女がしきりに言っていた

「自分は普通じゃ無いんだ」

の言葉に、なんか、自分まで泣きそうになりました。

 

冒頭で、印象的だった話は、

彼女自身が、恋人と遊びに行った際に、周辺に修学旅行生や年配のお客さんがたくさん居た時に、何にも喋れなくなってしまったそう。

 

その日のデートは終始、あまり話すことが出来なかったようでした。大好きな恋人と終始、自分の性別がバレるのが怖くて、話すことができない、なんて

 

辛いですね。

 

 

久本さん自身は、明るくて面白い関西の子でした。

ハキハキと、わかりやすく、そしてかつ、ツッコミも面白い、面白いそのキャラ!!と言う感じの子でした。

 

写真で見る限り、おっとりした感じの子かと思いきや、話すや否や、それがぶっ飛ぶぐらいの勢いのある方でした。

 

会場内は、案の定、年配層が多くいました。でも、年配層がたくさん居たことで良かったです。だって、おそらく、全くわからない世界だと思うからです。

 

そして、そう言うこともあるんだ、って言うことを知る必要があると思います。

単純に、理解できないから、毒を吐く年配層もいっぱい居ると思います。

世の中はまだまだ。

 

彼女の講演を聞いてて、驚いたのは、

「クラスの1〜2人はLGBTの子が居る。」と言うことでした。

 

その話は、私は衝撃が走りました。

 

なぜなら私も、30歳にして、未だに自分の性別よくわかりません。

 

私の場合、体も矛盾してるし、心も矛盾してるし、性格も矛盾してるし、一体どれが本当の自分なのか、わからない部分もあります。

 

なぜなら、私は、どれだけ、自分が男性だったら良かったんだろうって、思うことが何度もあったからです。

 

今は、女性もおんなじように、男性とおんなじ仕事を任せられることもあります。そして、体力的には、男性には敵いません。私はもともと、身体が弱かったせいか、精神的にも体力的にも無理が効かない部分があります。

 

女性として生まれてきた言い訳なのかもしれないのですが、自分が男だったら、もっと頑張れたんじゃないか、厳しい世界でもやっていけたんじゃないか、って思うからです。

 

ただし、私はそこまで、自分が女性であることを咎めることなく、自分には誠実でありたいと、思うだけです。

 

そして、自分が女性として生まれてきた使命を自分でも何となく感じるからです。全てを包み込む母性愛は、女性ならではの、性です。

 

唯一、写真撮ってる時ぐらいが、性別関係なく、本当の自分自身で居られるのが救いなのかもしれません。

 

私の場合、女性である自分を咎められないと言うのも、1つに、男性と言う性を味方につけて、自分が女性であることを利用したこともあるからです。

 

上の表現の言葉が、正しい文章なのかは、分からないですが、、それは、ある人によれば、そんなの当たり前のことなのか、それともある人によれば、嫌悪感を抱くことなのか、、、が、と言う部分で、です。

 

それが、女性として当たり前のことなのか、それとも、人間としては、人の好意を利用した自分に、罪悪感を感じること自体が、あるまじきことなのか。

 

何事にも、〜しすぎること自体が、相手と自分のエネルギーが倍になって、それが返って、自分に不穏な空気をもたらす原因になる気がします。

 

大人になると、利害で関係を持つことも出来ますが、そこだけでは、人とはずっと繋がることは出来ないと、そう言った関係とは切り離してきました。

 

話は飛びましたが、、

 

久本さんの場合は小さい頃から、自分の性別に違和感を感じ、戸惑い、隠しながら、本当の自分で居られない、もどかしさに、寂しさを感じながら、高校3年生まで隠して生きて来たそうでした。

 

久本さんの転機は、担任の先生に打ち明けた時でした。担任の先生は、久本さんのことを受け入れ、自分が自分らしく居られることができ、学校が好きになったそうでした。

 

ただ、まだ自分の親には言えないようでした。

 

バイトをして100万お金が貯まった時に、家出をしよう、と決め、100万円が貯まった時に、親に打ち明けたそうでした。

 

すると、ご両親は、受け入れてくれたようでした。何なら、なに、早く言わないの、女子の制服買ってあげたのに!とまでも言われたようでした。父親も寛容的に受け入れてくれたそうで、良かったです。

 

ただし、そこから、女性として生きていく上で、周りからの扱いが、今度は女性としての自分の扱いに戸惑ったようです。

 

周りから、女性なんだから専業主婦になったら良い、やらお正月は着物着ましょう、やら女性として色々と言われることになってしまったそうです。

 

性別が変わっても、性に対して言われるのは変わらないんだ、と感じたそうでした。

 

私は、正直に言うと、女性に生まれ変わりたい、って思う男性の気持ちに、ずるいな、と思うところはあります。

 

いろんな環境で育った人が居ますが、私の場合、女性として生きていく上で、女性の群れる風習に慣れなかった人間です。それでも、その苦しみや葛藤を乗り越えながら、女性同士の特質をうまく捉えながら、社会で生きてきました。

 

女性は、群れることで、自分の輪を作ります。そこに安心感を覚えます。

 

その中には、見えない妬みや、嫉妬、不穏な空気も含まれる時があります。女性という性の怖さを知らずに、ただ単に、自分の性を受け入れられずに、いい部分だけを見て、女性になりたい、と率直に悩んでしまうのは、何だか、言葉は良くないかもしれないですが、都合がいい、とも、思えてしまうからです。

 

もちろん、自分の性別に葛藤する時点で、悩み、苦しむ部分は十分にありますが、人間は1人では生きていくことはできません。

 

おそらく、私がテレビを通して見てきたLGBTの方達は、ある意味、本当の意味で、強い人、何だろうな、とは感じます。その反面、全く別のLGBTの方達も、自分が知らないだけで、たくさんいるんだろうなと、思います。

  

だけれども、私は、久本さんには、彼女は弱さももちろんあるけれど、強さも兼ね備えてて、良いなと思いました。自分に正直にありたい、と思うのは、その人の強さをより一層強くさせる気がしました。

 

私自身は、女性として生きてきて、わりと男尊女卑の強い家に生まれました。女は家事はするもの、父親が優先、の家でもありました。また、祖母は、結婚をしないの?と毎回、口うるさく言われる時がありました。

 

私の中では、幸せな家庭に育った人間ではないな、と感じているところがあるため、結婚願望はあっても、結婚に対する憧れ意識は全くない人間です。それどころか、男性側が、「結婚は墓場」と言う言葉が出てくることに対しても、若干疑問を感じます。

 

私自身は、10代から家を出て、いろんなところを行き来して、いろんな方の力を借りながら、自分自身で出来るところは自分で踏ん張ってきた、と言うような人間だと思っています。

 

結婚するとなると、男性のお世話をする=女性として機能していかないといけない、と言う考えが一種あるため、「結婚は墓場」と言う、男性側の意見がなかなか、受け入れがたいものがあるのかもしれません。

 

確かに、自分の生活を誰かに支配されてしまう、辛さは、そう感じずには得られるものがあるのかもしれません。

 

結婚を墓場、とまで言ってしまう男性は、周りに飲まれて勢いで結婚してしまい、自分が築き上げたい人間関係を、本当の意味で築き上げれてないんだろうな、と感じてしまいます。

 

この世の全ては自分次第で、幸にも不幸にもなるからです。

 

話が逸れましたが、こう言った機会に拝聴をすることができ、改めて自分の考えに気づくことができ、良かったなと思います。

 

これからも、久本絢愛さんのご健闘をお祈り申し上げます。

 

→2018年6月2日、ブログの注目記事に1位にランクインされていたのに、気づき、自分の気持ちをきちんと述べていなかった部分に修正を重ね、読みやすく編集しました。