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日常生活の些細なログ。

恩を受け取るということとは。

このブログの在処をどうにかせねば、と思いつつ。

 

お金は生きるために、大事ではあるけれど、お金のために

きらびやかに飾るのも、ほとほとにしたい。

 

わたしは、小さい頃から、スピリチュアルなものが、好きでした。

スピリチュアル、と言う言葉が生まれたのも、ここ10年ぐらいの間だと

思うのですが、わたしが生まれたのは80年代です。

 

小さい頃は、とにかく生きることが辛い時が多くて、

いつも、おまじないや、占い、そして母からもらった水晶玉を

大事にしたり、眠れない時は、水晶玉を浮かべて、手に持つんだよ。

 

といった、おまじないをして、眠りに付いてました。

水晶玉を浮かべると、不思議と眠りにつけたりしたものでした。

 

この世は、とにかく、雑念や邪念は確かに多いとも言えるのですが、

そこに負けてばかりいると、本当に愚かなことばかりが

身に起きてしまうのも、身にあまるほど、20代は感じてきました。

 

どれだけの、希望と勇気や、熱意、感謝と嬉しさがわたしの前に

通っていたことだっただろう。

 

わたしは、自分がどれだけ、愚かだったんだろう、って

今でも思います。

 

どれだけの感謝をせずに、自分勝手に生きていたんだろうって。

 

ただ、スピリチュアルな世界に傾きすぎて、自分自身が

努力をして生きることだけは忘れないように。

 

わたしは、感謝をする、と言うことがどう言うことなのか

全くわからなかったのです。この30年間。

 

節目節目で、お参りや御墓参りに行く際には、それとなく

感謝の気持ちは伝えてたつもりでした。

 

ただ、日常の中で、日々生きて行く中で、本当に心から

感謝をする、と言うことがあまりありませんでしたが、

 

最近は、眠りにつく前に、今日も生かせていただいてありがとうございます。

と、なんとなくでも、心の中で唱えて寝るようにしてます。

 

このきっかけは、わたしが気になる人に、どうして

そう言う生き方をしてるのですか?と

 

問いかけたところから始まってます。

 

わたしは、興味のある人に、その人は何を見てきて

何を感じて、どう生きてきたのか、を聞くのが好きです。

 

出会った人みんなが、興味のある人、と言うわけではありません。

自分の中で、この人は何かが違うと、感じるものがあります。

その人に聞いてみるのです。

 

わたしが最近、聞いた方は、

「眠りにつく前に、感謝の気持ちを述べてから床に就く」

 

とおっしゃっていました。

 

わたしは、尊いことだな、とすごく感じました。

 

うちの祖母も、わたしのために、家族のために、毎日、ご恩を上げてます。

 

本当に祖母の力はすごいな、とわたしは最近感じました。

 

自分がこうして、強く生きられるのも、祖母のおかげでもある、と

感じたからです。

 

20代は、自分中心で全てが回ってましたが、

30代からは、少しずつ恩を返せるように、精進して生きたいなと

感じます。

 

なんで、ここまで自分がここに気づけたのも、

京都に居る、からかもしれません。

 

京都に降り立った瞬間、ものすごく安心感と落ち着きを

わたしは感じます。

 

何か、結界で守られてるような感じもするんですね。

 

京都に来てからは、興味のあるお寺や神社に

よくお参りに行ってました。見えない力が宿るところに、

自分に、過ちや不埒な考えや行動をしないように、救ってくれてるのかもしれません。

 

あとは、他にも本当に生きる意味は何なのか、考えさせられる本も

読みました。この話は後日しようと思います。

 

不安や何か、悩み事があった時も、生かせていただいてありがとうございます。

と言って寝ると、気持ち、少し生きるのも楽になります。

 

それではまた。