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日常生活の些細なログ。

自分が一番初めに写真を撮った時

私は、札幌の人間だった。18歳まで。

 

大都会東京に憧れて、19歳で上京し、1年間だけ通える専門学校へ通った。

 

そこで出会った女の子のヌードを撮らせてもらったのが

初めて自分が撮った写真だった。

 

私は、いわゆるマイノリティーな方の人間だった。

だった、って言うのも、過去形にはならず、今も、そうなのだろう。

 

その時、某有名フォトグラファーの真似をしたかった。

 

でもできない。

 

機材もないし、良いカメラなんて持ってないし。

 

ものすっごい簡単な、本当に何にも機能のない、フィルムカメラトイカメラ使った。

 

ライティングもない。

 

自分の家で、横から入る光を、オレンジライトが当たった、

浴室に、その子のはだけた瞬間を撮った。

 

現像して見たら、面白いものが撮れてた。

 

これが私の始まりだった。

 

ただ、私は、写真を仕事にして行く勇気と自信がなかった。

 

自分の中にある、表現をしていきたい、と潜在的にずっと思っていた。

 

クリエィティブを仕事にすることと、自分の表現を続けて行くことが

相反するものがありすぎて、東京でやって行くには

色んな意味で、路頭に迷いすぎる時が多くあった。

 

「考えすぎだ」「考えすぎやねん」

 

そう言われた。

 

そう思う。

 

ただ、やって行く、には、それなりの技術と努力と、知識が

必要なわけで、

 

やって行くには、量も伴わないと、知識も技術も身につかない。

 

私の場合は、感覚的な部分があり、それを理論で言葉で言い返せないことが

よくあった。

 

この4年間、自分なりに写真を続けてきた結果、

言葉で伝えられるようになったこと、カメラの知識が必然的に

頭に入ってくるようになった。

 

言葉や知識で考えずに、スケッチブックを広げて

手で作って行く作業を増やすことが、これからの課題。

 

カメラ、と言う機械、自体が男性的な部分も大きく、

男性社会の、論理的思考と、ある意味で、暴力的な言語と排他的社会の構造が

大きく、クリエィティブをうつ伏せ状態にさせている、のは過言でもない。

 

おそらく、これから、全く違う感覚で、クリエィティブな部分が

表層化してくるのに、違いはないと思う。

 

まだ、大きな海に載れる可能性は多いにある。

 

何か作りたい人へ。

 

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